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小説

人は忘れてしまう生き物だからー『ふる』(西加奈子・著)感想ー

池井戸花しす、二十八歳。
職業はアダルトビデオへのモザイクがけ、趣味はICレコーダーでの隠し録り。

「いつだってオチでいたい」と望み、過去を愛おしみ、
誰の感情も害さないことにひっそり全力を注ぐ毎日だった。

だがそんな彼女に訪れた変化とは―。
過去、現在、そして未来が、新しい「今」とつながる、奇跡の物語。

登場人物

池井戸花しす
さなえ|同居人

朝比奈|女性の先輩。
黒川|同僚。バイトの男の子。

新田人生



はじめに

読み始めたとき、西さんらしい文体で頭にスッと入ってきた。
さらさらと読める作品だった。

けれど、時代が行ったり来たりして、ちょっと戸惑って、
でも読み進めるうちに自分も過去のことをよく思い出した。

一番進んでいる時代を現在とするなら、
家族(主に母と祖母)との思い出が多く書かれていた。

だから、自ずとわたしも同じように時代をなぞってしまった。

 

西さんの作品は、主人公が自分自身のことをよくわかっていなくて
最後の最後で、ぐわああぁっと自分自身を理解するようなものが多い。

この作品もそんな感じで、ふわふわさらさらと読み進めて
最後に読んでいるわたしまで一緒にぐわああぁっとなった。

読了後、生きていること、生きていくことについて考えた。

自分が自分でいることがたまに不安になる人、
優しいと周りからよく言われているような人に刺さるかな、と思う。

そんな小説。



感想

花しすの優しさ

花しすは、人生に置いてなんだか逃げ腰だ。

そのことが、周囲からは優しいように見られている。

でも花しすは、自分のことを優しいと思ったことなど、一度もなかった。
自分は、誰かを傷つけるのが怖いだけだ。
それを優しさだと、ある人は言うのかもしれないが、
傷つけないことと、優しいことは違う。

花しすは、人が傷ついたとき、顔が歪むのを見るのや、
流れている時間が止まることが嫌なのだった。
そしてそのことに関与しているのが自分であるということが、一番怖いのだった。

傷つけないことと、優しいことは違う。



この違いは、外から見たらほとんど同じに見えるけれど、
本人からしたら全く違う。

だから、良い方に勘違いされている自分のことを
なんて卑怯な人間なんだ、と思ってしまうのかもしれない。

花しすはもっと言えば、能動的に誰かと関わることが、怖かった。
いつでも受け身でいたかった。

自分が選ぶのではなく、選ばれる側でい続けることで、
関係性においての責任を負うことを避けた。
卑怯なことだと、自分でも思う。

そしてそうしている自分を、誰も責めず、あまつさえ「優しい」などと言われるのだ。

 

わたしは、この気持ちが「あぁ、わかるなぁ」と思ってしまった。

だから、読み進めるうちにだんだん自分だったらどうだろうか、
と自然に考えることが多くなった。



白いものと新田人生

この小説で象徴的なのが2つの存在。

人にくっついてふわふわと動く「白いもの」、
そして、何度も姿を変えて登場する「新田人生」。

「白いもの」は、どうやら花しすにしか見えないらしい。
人にくっついている、ふわふわとしたもの。

それは、頭に乗ったり足元に巻き付いていたりする。



「新田人生」は、何度も姿を変えいろんな「新田人生」して登場する。

いつの時代も登場する「新田人生」は、
花しすの人生になんらかの影響を常に与えていそうに思う。

しかし、最後の方まで読むまで、なんだかよくわからないふわふわとした印象で
いまいちどの「新田人生」もどんな人物か掴むことができない。

 

このよくわからないふわふわとした存在が、
最後の最後で”なんとなく”確かなものとなる。
(不思議と、”なんとなく”という印象なのだ)

最後まで、よくわからないなぁ、と思ってしまうからこそ、
この小説には、考えるきっかけが多くある。



最後に

あとがきで西さんが、「いのち」のことを書きたかった。と言っている。

この作品は、命とはこういうものだ!と言っているわけではないのだけど、
象徴的な「白いもの」と「新田人生」が
私たちに命とは何かを考える余白を与えていると思う。

 

やっぱり最後の最後で、ぐわああぁっとくる西さんの文章が
とっても大好きだと再確認した小説だった。