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小説

知っているだけで世界が違って見えるー『和菓子のアン』(坂木司・著)感想ー

デパ地下の和菓子店「みつ屋」で働き始めた
梅本杏子(通称アンちゃん)は、ちょっぴり(?)太めの十八歳。

プロフェッショナルだけど個性的すぎる店長や同僚に囲まれる日々の中、
歴史と遊び心に満ちた和菓子の奥深い魅力に目覚めていく。

謎めいたお客さんたちの言動に秘められた意外な真相とは?
読めば思わず和菓子屋さんに走りたくなる、美味しいお仕事ミステリー。

はじめに

食べ物がメインの小説を読む機会がそういえば少ないな、と思った。

読了後、文章だけなのにこんなに食欲をそそられるなんて。
いつもはあまり食べない和菓子は、
気に留めていないだけでスーパーやコンビニに普通に売っていて
目にする度、誘惑に負けそうになった。

 

読んでる途中で和菓子に手を出してしまうのは、
なんだか負けなような気がしたから。
だから、そんな誘惑とたたかい続けた数日間だった。

アンちゃんのだんだんと和菓子の世界の虜になっていく姿に、
私もつられて惹きこまれてしまった。

そして読み進めていくうちに、
和菓子の世界の奥深さにちいさな感動を繰り返した。

 

和菓子が好きな人もそうでない人も、
この小説を読んで和菓子の世界の虜になってほしい。




感想

百貨店の和菓子屋「みつ屋」

高校卒業後の進路に迷い、したいことが特になかったアンちゃんは、
せめてバイトでもしながら「ピンとくる何か」を探した方がいいと思う。

何の特技もない私が唯一得意と言えるのは、食べること。

それに私のこの体型は、食べ物を売る立場になったとき、
多分プラスに働くんじゃないだろうか。

そう思ったアンちゃんは、百貨店の和菓子屋「みつ屋」で働くことに決める。

 

この小説は、そんな梅本杏子・アンちゃんが和菓子屋さんで働く1年間の物語なのだけど、
だんだんと和菓子の魅力にとりつかれていくアンちゃんの仕事ぶりが良い。

わからないなりに一生懸命で、なによりお客様に対しても和菓子に対しても
愛があることが伝わってくるから。

というか、「みつ屋」で働く人たちはみんな、
和菓子に対して愛があって素晴らしい。

 

アンちゃんが和菓子の説明をあんまり美味しそうにするものだから、
本当に食べたくて仕方なくなって、
ググって出てきた画像にときめいて我慢して、、、を繰り返した。

(中略)とろんと口の中でとろける練り切りを味わってると、
ジャムよりは固めの梅ゼリーが出てきて、
それが微妙に歯応えがあって、すっごくおいしいんですよ!」

ほら、こんな説明、ずるいでしょう。

 

百貨店で買い物をするような人間ではないけれど、
こんな和菓子に愛を持ったひとたちが働く熱いお店があったら絶対に顧客になってしまう。




百貨店事情

この小説は百貨店が舞台であるから、
百貨店の裏側を覗くことができておもしろい。

百貨店と個々のお店の、意見のすり合わせの努力を知ったり、
あぁ、あの催事の裏側にはそんな苦労があったのか、と思ったり。

他の従業員との繁忙期のコミュニケーションの取り方は、
飲食のアルバイター時代を思い出して、ちょっと笑えた。

お中元はお客さんだけでなく、売る側にとっても非日常の一大事。
どうせやるなら楽しんでいこうという姿勢がこのデパートにはある。

こういうの、とっても大事だよなぁ、と思う。

百貨店は、ちょっと敷居が高くて足が遠のいていたけれど、
働いている人たちのことを知ると足を運びたくなってしまう。

どんなことも裏側に目をむけてものを見ると、面白い世界が見えると感じた。




和菓子の世界の奥深さ

こんなにも和菓子に関する知識が無かった自分に驚いた。

高校時代、茶道を嗜んでいたので多少わかっているつもりでいた。
こんなにも業界用語が多いなんて。

「半殺し」とか「菓子が泣く」とか怖いし、
「天ぷら」とか「艶天」とか何の話ですか?
という感じ。

だからもう、読んでいてすごく勉強になった。面白い。
そして、もっと知りたくなった。

ただ食べていただけの今まで、なんてもったいないことをしていたんだろう。
物語を知っていたなら、もっと和菓子の世界に浸ることができたのに。

 

この小説には、和菓子の業界用語が沢山登場する。
だから、意味を知った上で再読したらきっと全然違った読み方ができるのだろうと思う。




最後に

「そう。偽物かどうかよりも、後悔しない買い物であるかということ。
あんたぐらいの年齢だったら、それが一番大事なんじゃないかね。」

アンちゃんが蒼空骨董市のおじさんに言われたこの言葉が、好き。

うんうん、偽物か本物かとか、値段がどうとか、そんなんじゃないよね。
後悔しなかったら良いんだよね。
よしよし、美味しそうな和菓子を見つけたら我慢せず買って良いんだ。

読了後、そうして誘惑に完敗した私は、和菓子を買いに行きました。




和菓子の奥ゆかしさにときめかずにいられない、
そして、食べることによる幸福を大事にしたいと思う、
とっても素敵な小説でした。

和菓子、勉強しよう。