小説

壊れてしまうほど、誰かを強く想うこと。ー『白いしるし』を読んでー

女32歳、独身。
誰かにのめりこんで傷つくことを恐れ、恋を遠ざけていた夏目。間島の絵を一目見た瞬間、心は波立ち、持っていかれてしまう。走り出した恋に夢中の夏目と裏腹に、
けして彼女だけのものにならない間島。

触れるたび、募る想いに痛みは増して、
夏目は笑えなくなった――。

恋の終わりを知ることは、人を強くしてくれるのだろうか?
ひりつく記憶が身体を貫く、超全身恋愛小説。

わたしはこんな風に恋をしたことがない。
こんな風に、誰かに人生を揺さぶられることなんてまずない。

というか、そんな風にならないように防衛線を張って生きているから。

絶対にない。

 

だから、わたしと真逆の生き方をする夏目には衝撃の連続だった。

この記事のタイトルに使ったのだけど、
「想う」という儚さを感じる漢字が似つかわしくないほど
強く間島を愛する夏目は時に狂気をも感じる。

こんな恋愛があるのか。
全身全霊でぶつかって、傷ついて、
もうそんな恋などしないと決める。

でも、それでもまた恋をしてしまう。。。

 

夏目のように全身全霊、恋をする人には
共感できる部分があるのかもしれない。

わたしみたいに、
ありのままでぶつかっていく恋なんてするもんじゃない、
と思っている人には、何か絶対刺さるものがあると思う。

夏目が、あまりにもまっすぐにぶつかっていくから。

 

どんな形であれ、恋を知っているすべての人に読んでほしい小説。


感想

「白い絵」と「世界中の色を集めたみたいな絵」

夏目も間島も絵描きだ。
しかし、ふたりの描く絵は正反対だ。

間島が、白い絵の具のみで「白い絵」を描くのに対し、
夏目は、色彩の上に色彩を塗り固めるように
「世界中の色を集めたみたいな絵」を描く。

 

そんな夏目が、間島の個展にいき、
その絵を見た瞬間、好きだ、と思う。

そして、間島の些細な動作を見て、
自分にとってかけがえのない人間になるだろうと思う。

好きになってはいけないと思うのに、
好きになってしまう。

 

自分に無いものを持った相手に
どうしようもなく惹かれてしまうことってあるよな、と思う。

色彩豊かな絵を描く夏目が、白く強い光を放つ、まじまの絵に圧倒される。

その人の描く絵が好きだからその人のことも好き、であるとか、
その人が書いた文章が好きだからその人のことも好き、であるとか。

だから、その人のことも好き。と思うのは、
明らかに早合点なのだけど。

恋というのはどうにも説明できないものなのかもしれない。

好きになった理由なんて、好きだと思ったから。
ただ、それでしかないのかもしれない。


ぎゅうぎゅうした漢字

夏目と間島昭史の会話が好き。
間島が夏目に、名前の漢字について話す場面。

間島昭史は、漢字にすると、カクカクしていて風情がなくて余裕が無いのが嫌だ。でも最後のすうって流れる一画が、それを相殺してくれる気がする。だから、最後のその一画だけに感謝している。(意訳)

 

夏目香織は、最初の夏からすう、て流れてる三画がある。香織もらすう、て流れてる。だからうらやましい。

ぱっと見黒くて、四角くぎゅうぎゅうした漢字ばっかり。だけど、黒いのも逃すためにすうって流れる画がたくさんあるんでしょうね。(意訳)

と、間島が言う。
そんな感性、素敵すぎて。

そんな風に漢字を捉えてそんな風に会話ができることが、うらやましいと思った。

間島は、自分の言葉が本来の自分の気持ちと齟齬がないように
慎重にかなり時間をかけて言葉にする。

そうやって自分の言葉を大切にして、
自分のままでまっすぐ立っていようとしている間島には、
私も惹かれるところがあった。

ただ、間島が言ったことに、
このときの夏目は「何言うてんのん。」と返事をするのだけど。。。

わたしはこのふたりの会話が気に入った。
気に入ってしまった。

 

いいなぁ、すごく。

すごく、好きだと思った。


『16』のオーナー

(中略)とても清潔な欲望がふつふつと湧きあがってきて、
ああ私は大丈夫だ、て思えたの。
震えて、涙が出て、友達が、驚くくらいの、私は。」

間島に展示スペースを貸した『16』のオーナー・塚本美登里は
ある個展で展示されていた絵を見てこう思う。

 

「私はそのとき、信じようと思ったんです。
何かを、ではなく、こうやって、美しいものを見て泣いた自分を、信じよう、って。」

たった1枚の絵に心を揺さぶられて、
人生を変えられてしまうことがある。

そんな作品を生み出したひとも凄いけれど、
そう感じ取ることのできた自分も凄い。

そう思うことができたなら、
これからの自分は、もうきっと大丈夫だ、と思う。

 

確かに人生が変わる瞬間。
芸術が与える影響、及ぼす力。

小説だから見ることはできないけれど、
私もきっと、塚本美登里の見た絵や間島の絵、
夏目の描く絵にきっと何かを感じずにはいられない。

読んでいて、そんな絵を見ることができないことを悔しく思った。
でも、絶対に良い絵だと思わせてくるから、西さんはずるい。

この小説は、みんなみんな、ずるいな、と思った。


最後に

西加奈子は、
苦しんで苦しみ抜いて、光が見えた後の疾走感を描くのが上手いなぁ、と思う。

この小説も、最後の未来への疾走感が好き。

 

あぁ、夏目。本当に良かったな。

読了後しばらく、
良かったなぁよかったなぁ、って安心して感動して。
そうやって余韻に浸っていた。

彼女の自分自身とのたたかいに大拍手を送りたい。