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小説

人を惹きつけるのは必ずしも「正しい」からではないのかもしれないー『チルドレン』(伊坂幸太郎・著)感想ー

「俺たちは奇跡を起こすんだ」独自の正義感を持ち、
いつも周囲を自分のペースに引き込むが、
なぜか憎めない男、陣内。彼を中心にして起こる不思議な事件の数々―。

何気ない日常に起こった五つの物語が、一つになったとき、
予想もしない奇跡が降り注ぐ。

ちょっとファニーで、心温まる連作短編の傑作。

はじめに

伊坂幸太郎作品は、長編小説の方が有名で
短編を書く印象はこの小説を手に取るまでなかった。

この小説を手に取った理由は、
「伊坂幸太郎、まずはこれ!」
というコピーが帯に書かれていたからだ。

 

だから手に取ったら、連作短編と裏表紙に書かれていて
拍子抜けしたのを覚えている。

 

短編集のふりをした長編小説。

 

作者の言うこの言葉になるほどな、と読了後思った。

こういう作品は、ずるい。
個人的に、連絡短編が大好きだ。

同じ世界で、違う話が進んでいって最後に繋がって1つの物語が完成する。
というのが、連作短編だと思っていてこの最後に繋がった瞬間がすごく好き。

 

『チルドレン』は、読みやすいし伊坂ワールドをたっぷり味わえる作品だと思う。

 

長編ではなく連絡短編だけれど(著者は長編と言っているし)、
伊坂幸太郎作品どれから読めば良いかわからない!という方や、
どういう小説を書くのか知りたい人にぜひ読んでみてほしい小説。




感想

家裁調査官という仕事

この小説は、家裁調査官の陣内とその同僚・鴨居が
家裁にやってくる少年たちを相手にその少年を更正させようと奮闘する話。

私は、この小説で初めて家裁調査官の仕事を知った。

家庭裁判所調査官は,
例えば,離婚,親権者の指定・変更等の紛争当事者や
事件送致された少年及びその保護者を調査し,
紛争の原因や少年が非行に至った動機,生育歴,生活環境等を調査します。

http://www.courts.go.jp/saiyo/message/tyousakan/
より引用

離婚問題や少年の非行問題に関して、原因を調べ解決をする仕事で、
裁判まではいかないけれど。。。というようなことを扱っている。

そういう仕事、という認識で良いと思う。

 

その、裁判まではいかない中途半端にこじれてしまっていることって、
一番厄介なんじゃないかと、個人的には思う。

だからこそ、
家裁調査官の話をこんなに軽く、そして、面白くしてしまえる
伊坂ワールドに強く引き込まれてしまった。

 

この本では、離婚と少年の非行、どちらの担当をする話も
書かれているが、主に少年の問題に関しての話になっている。

しばしば家裁調査官の説明がされるのだが、その表現のされ方は様々だ。

「法律に通じながらも、それを度外視したところで少年と対話をする人」

「家裁調査官がサラリーマンよりも多く経験できるのは、裏切られること」

これは、陣内の同僚である鴨居が、主任調査官である小山内さんに言われた言葉。

うーーーーん、なかなか大変そうだ。

小説で、言葉を知ることが多いから、
陣内や鴨居のように働いている人がいることを知れてよかった。




陣内という人間

読んでいて、「は???」って思わずにはいられない場面が何度も登場する。

ときに、倫理観がおかしく自分本位に見える
かなり好き勝手な行動をとる陣内という男は、
大学生の頃から家裁調査官になることを目指していた。

そして、大学卒業後、家裁調査官になる。

 

ただ、陣内という男の中身はなにも変わっていない。

家裁に来た少年に、自作の小冊子を挟んだ文庫本を渡したり、
殴られそうな人を助けて、それなのに、その殴られそうな人を殴ったり。

なんなんだよ、って思わせる言動をするのに人に好かれる。
そして、結果的にその言動が誰かを救ったりもする。

多分、おそらく、彼にとってはどれも意味があるのだろう。
でも確かに、そのよくわからない陣内の言動が誰かを救ったりするのだ。

 




 

「そもそも、大人が格好良ければ、子供はぐれねえんだよ」

私は陣内のこの言葉が好きだ。

適当なこといってる癖に、
誰よりも家裁にやってきた子供のことを考えていて
誰よりも子供一人ひとりと向き合おうとしているんだよなあ。

そんなの、憎めない。
誰も真似できない陣内のぶっ飛んだやり方は、
時に相手を困惑させるけれど。。。

 

そんな風に働く大人、子供は嫌いになれる訳ない。

 

それから、陣内はバンドをやっていて
事あるごとにライブを見に来いと誘う。

最初はみんな渋るのに、最後にはみんなライブを見に行く。
そして、みんな陣内のことを格好良いと思う。

その流れがとても好き。




目に見えないからこそ見えているもの

全盲の永瀬は常に盲導犬のレトリーバーを連れている。

永瀬は、銀行強盗の人質になった際に、
同じく人質になっていた、当時大学生だった陣内・鴨居たちと知り合い、
そこから彼らと交流を深めるようになった。

 

この永瀬の、目が見えないからこそのものの感じ取り方がすきだ。

鴨居は心底嫌な顔をした、んだと思う。
見えたわけではないけれど、彼の周囲の空気が、
紙切れを手で握りつぶすように、忌々しげに歪んだのが感じ取れた。

 

繁華街を歩いている時には、轟々と音を立てる濁流にいるような気分になるし、
静かな深夜の歩道では、早々と流れる小川を思う。

とにかく僕はそうやって、音を把握する。
だから、聞き取れない音があると、知らないうちに、手を伸ばし、
指でつかもうとしてしまう。

別の感性で補って物事を把握しようとする時、
他の誰にも真似できない表現が生まれる。

目に見える情報量に頼らないから
目に見えない人の方が、多くのことを感じ取ることもあるのだろうな、
って永瀬を見ていると思った。




最後に

「は???」という気持ちで読み始め、
最後には陣内という男を好きになってしまった。

なんだか、負けたようで悔しい。。。

 

彼の言動は「正しい」というわけではないけれど、
人を惹きつけるというのは必ずしも「正しい」からではないのかもしれない。

 

人間味があって、それでいてきっと彼は相手のことを誰よりも考えていて、
そして自分のこともきっと大好きだ。

そういう人が、人を惹きつけるのかな。

 

 

『チルドレン』が刊行された12年後に書かれた続編
『サブマリン』に関しても、またいつか、記事にしたいと思います。

陣内、おそるべし男だなぁ。
世界中にファンがきっと、たくさんいる。