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小説

努力しなければ「普通」の自分でいられないー『うつくしい人』(西加奈子・著)感想ー

他人の目を気にして、びくびくと生きている百合は、
単純なミスがきっかけで会社をやめてしまう。

発作的に旅立った離島のホテルで出会ったのは
ノーデリカシーなバーテン坂崎とドイツ人マティアス。ある夜、三人はホテルの図書館で写真を探すことに。

片っ端から本をめくるうち、
百合は自分の縮んだ心がゆっくりとほどけていくのを感じていた-。

はじめに

あとがきで西さんが書いている「ああなんかめっちゃしんどい」というのが、
ものすごく共感できた。

西さんは、この小説を書いているとき、「ああなんかめっちゃしんどい」状態にいて、
そんな自分を助けることが「ああなんかめっちゃしんどい」そのものを書くということ
だった、とあとがきで述べている。

小説を書くという行為そのもので自分自身を救う。
あぁ、やっぱり西加奈子は天才だと思った。

 

 

この本を読む頃、私も同じくなんかめっちゃしんどかった。

みんなにとってのきっと当たり前なことが、自分にとっては難しい。
考え過ぎてしまって、周りの目を気にし過ぎて、どんどん自分で自分の首を締めてしまう。
でも自分では、どうすることもできない。

蒔田の必死さが手に取るようにわかった。

 

あまりに蒔田と重なるから、読み進めるのが苦しかった。

 

グッとくる文章はすこし浮かんで見える。

西さんは、気持ちを言葉にするのが上手いから、というか、
言葉に感情が収まりきらずに溢れに溢れている、そういう文章を書くひとだと思う。

だから、この作品も心にグサグサ刺さった。

 

わたしは、本を読む、ということで自分自身と向き合えると思っている。

この作品は、もうどうしようもなくなって、なんでかわからないがめっちゃしんどい、
という出口のない暗闇の中、足掻いて無茶に動いたりせずとりあえず休んで良いんだよ、
と言ってくれているようだった。

ゆっくり過ごす時間の中で、私も私を取り戻そう、と思える本。




感想

普通に生きることが難しい

蒔田百合は、裕福な家庭で大切に育てられ32歳になった今も親にお金を出してもらい
お金に困らない生活をしている。

お金があると、表面を見れば何不自由なく充実した暮らしをしているように見える。

だが、蒔田には鬱病を患い家から出ない姉がいる。
蒔田は姉のことが大嫌いだ。あんな人間にはならない、自分は姉と同じではない、
わたしはちゃんとした人間だ、ちゃんと社会に適応することができる人間なのだ、と。

姉の存在を常に近くに感じながら生活している蒔田の心は常に不安で満たされている。

 

会社を辞めてしまった蒔田は、このまま家にいてはだめだ、姉と同じになってしまう、
と焦って発作的に離島のホテルを訪れることにする。
そこで必死に日常生活を立て直そうとする。

その必死さが、言葉の隙間から滲み出ている。

滲み出すぎていて、痛い




「そこにある」だけのことが、どれほど難しいか、私はよく知っている。

 

海の青さを見てこう思う蒔田は確実に疲れている。

だけど、私たちも日々の中で、
ただそこに存在するということを難しく感じるときがあるだろう。

変わり続けることと同じくらい変わらないでいることが難しく感じるように、
ただ同じようにすぎる毎日を同じように繰り返すことだって、難しい。

私たちは、ただ生きているだけですごい。

海のように、ただそこに存在していることが、それ自体がすごいことなのだ。

 

(中略)自分のことを見ている自分の目が、何重にもありすぎて、自分が自分でいることがどういうことか、分からなくなるんです。分からないんです。

だから、誰の目も気にせずに、自由に、行動している人を、私は本当に羨ましいと思うんです。どこかで馬鹿にしてる、というか、どうしてそんな無軌道に行動できるの、て呆れるところもある、むしろ大嫌いなんですけど、でも、やっぱり、憧れがあるんです。きっと。

なんていうか、とてもそういう人って、とても、美しく見えるときってあるでしょう?

海。そう、ここ、海が青いでしょう、青すぎないというか、そのまま、海のままそこにある、でしょう。そのままそこにあり続ける、ただそのことが、私には出来ないんです。

この海、のような人たちの真逆に自分がいて、あれやこれや人の目を気にしている、とても愚かで、本当に嫌なんです。でも、私はずっとそうしてきたから。

ああ、私、何言ってるんでしょうかね。」

 

自分の負の部分を自覚している。
それを直したいとも思ってる。
でも、どうしたら良いのかわからない。

その途方もないきもちが、
この一気に吐き出した言葉たちの隙間に溢れんばかりに詰まっていて
一気にどっと、自分まで苦しくなった。




正反対の2人の存在

デリカシーの無いバーテン坂崎とドイツ人マティアス。

何もかも周りの目を気にして生きてしまう蒔田からすれば、
二人の言動はありえないことばかりだ。

蒔田の言う、海のような人、なのだ、2人は。

坂崎は何度言われても店の音楽をかけ忘れてしまうし、
マティアスは普通が何かわからず母の言ったようにしかできない。

それでも2人は2人のままで、欠けているのにそのままそこにあり続ける、
そういうことができている。

蒔田には、それができない。

自分と真逆にいる人間に対して、
本当は誰にも知られたくないようなことまでなんでかわからないけど話してしまう。

そういう存在の、何やらわからぬ安心感を、蒔田はこのとき知ったのかもしれない。




最後に

 

あとがきで西さんが言っている、
思い出があれば前に進んでいくことができる、という言葉が好きです。

「明るい未来」を想像できなくても、「今」を必死に生きなくても、
思い出、があれば、ぐんぐんに進むことができるのです。私たちは。すげー。

 

西さんの人柄を感じる文章が素敵で、あとがきも含め大好きな作品になった。

誰しも苦しい瞬間がやってくるけれど、蒔田のように休んで立ち止まってしまって良いし、
坂崎やマティアスのように「普通」ではないけれど自分のままでそのままで生きて良い。

そんなことを思った。

自由に生きる人は、みんな、美しい人だ。